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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1953号 判決

長野県松本市芳野一九番四八号

原告

キッセイ薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

神澤邦雄

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

同右

小池豊

同右

押切謙徳

右輔佐人弁理士

南孝夫

同右

川上宣男

名古屋市西区児玉一丁目五番一七号

被告

マルコ製薬株式会社

右代表者代表取締役

小島彰夫

名古屋市西区児玉一丁目五番一七号

被告

株式会社マルコ

右代表者代表取締役

小島彰夫

右両名訴訟代理人弁護士

富岡健一

同右

瀬古賢二

右両名訴訟復代理人弁護士

舟橋直昭

同右

高橋譲二

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して一九六万一五八二円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決の第一項及び第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して九一二万円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の特許権

(一) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。

発明の名称 新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法

出願日 昭和四八年一月一八日

出願公告日 昭和五六年九月二二日

登録日 昭和五七年五月一四日

登録番号 第一〇九六七二四号

(二) 本件特許は、別紙化学式目録記載(一)の一般式で表される芳香族カルボン酸の反応性官能的誘導体と、同目録記載(二)の式で表されるアミノ安息香酸とを反応させ、所望に応じその生成物を塩に変えることを特徴とする、同目録記載(三)の一般式で表される芳香族カルボン酸アミド誘導体又はその塩の製造方法(以下「本件特許方法」という。)の特許である。

2  トラニラスト

(一) N-(3、4-ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸(以下「トラニラスト」という。)は、別紙化学式目録(三)記載の一般式において、R1、R2が水素原子であり、R3、R4が両者で化学結合を形成するものとし、Xが低級アルコキシ基であるメトキシ基であり、nが2である物質であり、同目録記載(四)の構造式を有する。

(二) トラニラストは、本件特許の出願前に日本国内において公然知られた物質ではない。

(三) したがって、特許法一〇四条により、トラニラストは、本件特許方法により生産されたものと推定される。

3  被告らによるトラニラストの製造販売

(一) 被告マルコ製薬株式会社(以下「被告マルコ製薬」という。)は、平成二年五月、業としてトラニラストを製造し、これを原料としてトピアス製剤(以下、平成二年五月の第一回仕込分のトラニラストを原料として製造されたトピアス製剤を「本件トピアス製剤」という。)を製造し、これを被告株式会社マルコ(以下「被告マルコ」という。)に販売した。

(二) 被告マルコは、同年七月から九月までの間、業として本件トピアス製剤を株式会社スズケン(以下「スズケン」という。)等の卸売業者に販売した。

4  共同不法行為

(一) 被告マルコは、医薬品の販売会社であり、被告マルコ製薬と本店及び代表取締役を共通にしている。その株式の七〇パーセントは、医薬品のメーカーである被告マルコ製薬が保有しているので、被告マルコは、被告マルコ製薬の子会社である。

(二) 被告マルコ製薬は、被告マルコに対し、医薬品の販売委託をしており、被告マルコの仕入先は、被告マルコ製薬のみである。

そして、被告マルコ製薬は、医薬品の製造部門として、被告マルコは、その販売部門として、両社が一体として事業活動を行っている。

(三) したがって、被告マルコ製薬が、本件トピアス製剤を製造し、被告マルコがこれを受託者として販売する行為は、原告に対する共同不法行為に当たる。

5  損害額

(一) 売上高

(1) 販売単価

以下に述べるとおり、本件トピアス製剤の販売単価は、薬価基準の五〇パーセントを下回ることはない。

そして、右期間におけるトピアス製剤の薬価基準は、カプセルが一〇九・三円、細粒及びドライシロップが一二一・四円であったから、本件トピアス製剤の薬価単位当たりの販売単価は、カプセルが五四・七円、細粒及びドライシロップが六〇・七円を下回ることはない。

〈1〉 日本経済新聞の記事(甲一一)によると、平成二年六月二九日、中小薬品メーカー間において、トラニラスト製剤等について、販売価格の下限を薬価基準の半値程度にする旨のヤミカルテルが結ばれた。

このことからすると、本件トピアス製剤の販売単価は、薬価基準の五〇パーセントを下回ることはない。

〈2〉 平成四年四月の薬価改訂の際には「新薬価基準=実勢価格+旧薬価基準の一五パーセント」という算定方式が採られ、旧薬価基準では、カプセルが一〇九・三円、細粒及びドライシロップが一二一・四円であったが、新薬価基準では、カプセル及び細粒が八八円、ドライシロップが九八・三円と改められた。

右算式に基づいて本件トピアス製剤の実勢価格を逆算すると、トピアス製剤の実勢価格は、カプセルが七一円、細粒が六九円、ドライシロップが八〇円となる。

右実勢価格に売上原価率を乗じると被告マルコの販売単価が算出できるところ、医薬品の卸売業者における売上原価率は八六パーセントを下回ることはないから、被告マルコの販売単価は、右実勢価格に〇・八六を乗じた金額、すなわちカプセルが六一・〇円、細粒が五九・三円、ドライシロップが六八・八円を下回ることはない。

そして、当時の薬価基準では、カプセルが一〇九・三円、細粒及びドライシロップが一二一・四円であるから、被告マルコの販売単価の薬価基準に対する割合は、カプセルが五五・八パーセント、細粒が四八・八パーセント、ドライシロップが五六・六パーセントとなり、全体としては五〇パーセントを下回ることはない。

〈3〉 スズケンの拡売計画に対する被告マルコの協賛稟議書(甲一九の一ないし三)記載の被告マルコのスズケンに対する薬価基準換算の売上総額及び正味仕切価格総額に基づいて薬価基準に対する正味仕切価格の割合を算出すると、平成二年四月から九月までの間の販売実績及び同年一〇月から一二月までの問の拡売計画においては五一・五パーセント、同年一〇月から一二月までの間の拡売実績においては五二・六パーセントであり、いずれも五〇パーセントを超えている。

〈4〉 原告は、平成三年二月二二日、医薬品の卸売業者である船橋薬品株式会社(以下「船橋薬品」という。)から、トピアス製剤を購入したが、その際の価格は、薬価単位当たりカプセルが七六・二円、細粒及びドライシロップが八五・八円であつた。また、原告は、同年三月五日、スズケンからトピアス製剤を購入したが、その際の価格は、薬価単位当たりカプセルが七四・七円であつた。

これらの金額に、売上原価率として〇・八六を乗じて販売単価を算出すると、それぞれ六五・五円、七三・七円、六四・二円となり、薬価基準に対する割合は、五九・九パーセント、六〇・七パーセント、五八・七パーセントであり、いずれも五〇パーセントを超えている。

(2) 販売数量

本件トピアス製剤の販売数量は、カプセル(包装単位PTP五〇〇カプセル)が六〇個、カプセル(包装単位PTP一〇〇〇カプセル)が九三個、カプセル(包装単位バラ一〇〇〇カプセル)が九個、細粒(包装単位〇・五グラム×二四〇包)が四〇個、細粒(包装単位一グラム×一二〇包)が六五個、細粒(包装単位一二〇グラム)が二〇個、細粒(包装単位六〇〇グラム)が四二個、ドライシロップ(包装単位〇・五グラム×二四〇包)が八三個、ドライシロップ(包装単位一グラム×一二〇包)が八〇個、ドライシロップ(包装単位一二〇グラム)が三六個、ドライシロップ(包装単位六〇〇グラム)が五三個である。

(3) 右(1)の販売単価に右(2)の販売数量を乗じると、二〇四万〇三一六円となるから、本件トピアス製剤の売上高は、一三〇四万円を下回ることはない。

なお、被告の行つていた最終値・歩引きは、卸売業者の一定期間の総実績に対する報奨たるリベートであつて、その決定は被告マルコの裁量に基づくものであるから、特許法一〇二条一項の利益からこれを控除することは許されない。

(二) 製造経費

(1) 本件トピアス製剤の製造経費は、被告から開示された製造工程及び製剤化工程の実態を踏まえて原告において推計した結果、薬価単位当たりカプセルが九・二円、細粒が九・五円、ドライシロップが六・六円であつた。

(2) 原告は、トラニラストを含有するリザベン製剤を製造しているが、その製造経費は、薬価単位当たり五・四円である。

(3) したがって、本件トピアス製剤の製造経費は、薬価単位当たり一〇円を上回ることはない。

そして、右(一)(2)の販売数量を薬価単位に換算し、一〇円を乗じると、二二七万八八〇〇円となる。

(三) 販売費・一般管理費

本件トピアス製剤の販売費・一般管理費(研究開発費を除く。)は、一六五万八四七九円である。

(四) 損害額

(1) したがって、被告らが本件特許権の侵害により受けた利益は、右(一)(3)の一三〇四万円から製造経費として二二七万円及び販売費・一般管理費として一六五万円を控除した九一二万円を下回ることはない。

(2) 原告は、昭和五七年八月以降、本件特許方法によるリザベン製剤を製造販売しているので、特許法一〇二条一項により、被告らが受けた右利益の額が、原告が被った損害額と推定される。

6  よって、原告は、被告らに対し、共同不法行為による損害賠償として、連帯して、九一二万円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成三年一月一日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  第1項(原告の特許権)の事実は、認める。

2  第2項(トラニラスト)の事実は、認める。

3  第3項(被告らによるトラニラストの製造販売)の事実は、認める。

4  第4項(共同不法行為)の事実は、そのうち、(一)の事実は、認める。(二)の事実は、知らない。(三)は、争う。

5  第5項(損害額)について

(一) 同項(一)(売上高)について

(1) 同項(一)(1)(販売単価)について

否認する。

本件トピアス製剤の包装単位当たりの販売単価は、被告マルコが設定した限度価の一・一倍であり、カプセル(包装単位PTP五〇〇カプセル)が一万三二〇〇円、カプセル(包装単位PTP一〇〇〇カプセル及びバラ一〇〇〇カプセル)が二万六四〇〇円、細粒(包装単位〇・五グラム×二四〇包及び一グラム×一二〇包及び一二〇グラム)が三五二〇円、細粒(包装単位六〇〇グラム)が一万四〇八〇円、ドライシロップ(包装単位〇・五グラム×二四〇包及び一二〇グラム)が三三〇〇円、ドライシロップ(包装単位一グラム×一二〇包)が三六三〇円、ドライシロップ(包装単位六〇〇グラム)が一万三二〇〇円である。

〈1〉 同項(一)(1)〈1〉のうち、原告主張の記事が日本経済新聞に掲載された事実は認め、その余の事実は否認する。

右記事は、公正取引委員会が、中小医薬品メーカーに対し、薬剤の販売価額の下限を薬価基準の半値に抑える旨申し合わせたことを独禁法違反の疑いがあるとして警告したという内容にとどまり、各社が実際に五割引を下限として販売していたことを内容とするものではない。

しかも、右記事には、右申合せが二週間程度で破棄されたとの記載があり、これは、各社が、右申合せの五割を下回る価格で廉売していたことを示している。

〈2〉 同項(一)(1)〈2〉のうち、平成四年四月の薬価改定の際に「新薬価基準=実勢価格+旧薬価基準の一五パーセント」という算定方式が採られた事実及び新旧薬価基準は認め、その余の事実は否認する。

医薬品流通業界における真の実勢価格をそのまま算定基準としたのでは、たちまち値崩れが起き、適正な価格維持及びメーカーの利益追求が不可能となることから、厚生省は、流通業界の中で最も高い実勢価格を採用して改定薬価決定の際の基準数値としたり、あるいはヒヤリングと称する事前折衝の場で、業者の高値設定の要求を容れるなどの策を講じることで、真の実勢価格よりもかなり高い価格を「実勢価格」として設定し、新薬価基準が旧薬価基準に比して著しく低落することのないように工夫を凝らしていた。

したがって、右算式から逆算された理論上の実勢価格は、真の実勢価格とは一致しない。

〈3〉 同項(一)(1)〈3〉の事実について

原告算定の数値は、被告マルコがスズケンに対して販売した医薬品全体について見た数字であるから、右事実をもつて直ちに本件トピアス製剤の販売単価が、薬価基準の五〇パーセントを下回らないということはできない。

〈4〉 同項(一)(1)〈4〉の事実について

原告主張の購入価格は、原告が購入した際の価格であるところ、医療機関以外の者が卸売業者から医薬品を購入する場合には、営業担当者(MR)の活動が介在しないため、医療機関が購入する場合よりも割高になるから、右事実をもって直ちに本件トピアス製剤の販売単価が、薬価基準の五〇パーセントを下回らないということはできない。

(2) 同項(一)(2)(販売数量)の事実は、認める。

(2) 同項(一)(3)の事実は、否認する。

本件トピアス製剤の売上高は、右(1)記載の販売単価(包装単位)に同項(一)(2)記載の販売数量(包装単位)を乗じた五八九万八八六〇円である。

(二) 同項(二)(製造経費)の事実は、否認する。

本件トピアス製剤の製造経費は、二二八万四六五五円である。

(三) 同項(三)(販売費・一般管理費)について

本件トピアス製剤の研究開発費を除いた販売費・一般管理費は、一六五万八四七八円である。

また、当該期間中の販売費・一般管理費には、研究開発費六五万六三六〇円を含めるべきであるから、本件トピアス製剤の販売費・一般管理費は、二三一万四八三八円となる。

(四) 同項(四)(損害額)について

(1) 同項(四)(1)の事実は、否認する。

被告らが本件トピアス製剤の製造販売によって受けた利益は、右(一)(3)の五八九万八八六〇円から右(二)の二二八万四六五五円及び右(三)の二三一万四八三八円(研究開発費を販売費・一般管理費に含めない場合には、一六五万八四七八円)を控除した一二九万九三六七円(研究開発費を販売費・一般管理費に含めない場合には、一九五万五七二七円)である。

(2) 同項(四)(2)の事実は、認める。

6  第6項は、争う。

三  抗弁

1  被告マルコ製薬は、第一回仕込分から一貫して、別紙化学式目録記載(五)の構造式を有するジメトキシケイヒ酸の反応性誘導体に、同目録記載因の構造式を有するアントラニル酸アミドを作用させ、同目録記載(七)の構造式を有するアミノ安息香酸アミド(以下「TRSアミド」という。)を得た上で、これを加水分解する方法(以下「被告主張方法」という。)によりトラニラストを製造していた。

本件トピアス製剤も、被告主張方法により、製造されたものである。

2  平成二年八月の第三回仕込分のトラニラストを原料とした製造番号Z八〇七のトピアスカプセル(以下「製品〈1〉」という。)と第一回仕込分のトラニラストを原料とした製造番号Z五二一のトピアスカプセル(以下「製品〈2〉」という。)とに使用されたトラニラストは、いずれも被告主張方法によって製造されたものである。

しかし、製品〈2〉に使用された第一回仕込分のトラニラストについては、原料である3、4-ジメトキシケイヒ酸の反応性誘導体として、酸クロライド体、エステル体、酸無水物体などを使用したり、アントラニル酸アミドとして、アントラニル酸をアントラニル酸クロライドとし、アミド化したものや、アントラニル酸をイサト酸モノエステルに誘導し、無水イサト酸としたものを使用したりした。また、製品〈1〉に使用されたトラニラストとは異なる精製方法を用いた。

原告主張のように、製品〈1〉と製品〈2〉から検出された副生成物が相違したり、製品〈2〉からは2-(3、4-ジメトキシスチリル)-4-キナゾロンが検出されなかったとすれば、それは、右の点が影響しているものと考えられる。

四  抗弁に対する認否

1  第1項の事実は、否認する。

2  第2項の事実は、否認する。

高速液体クロマトグラフィー試験を実施したところ、製品〈1〉からは、副生成物として2-(3、4-ジメトキシスチリル)-4-キナゾロンが検出されたが、製品〈2〉からは、右物質が検出されないなど、製品〈1〉と製品〈2〉からは異なる種類の副生成物が検出された。

他方、被告主張方法により製造されたトラニラスト(製造ロットTR-43)からは、製品〈1〉と同じ副生成物が検出された。

したがつて、製品〈1〉の原料とされたトラニラストは、被告主張方法により製造されたものであるが、製品〈2〉の原料とされたトラニラストは、被告主張方法により製造されたものではない。

そして、被告らは、製品〈2〉の原料とされた第一回仕込分のトラニラストの製造方法を開示しないから、第一回仕込分のトラニラストが、本件特許方法によって製造されたとの推定は、覆らない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件特許権及び被告らによるその侵害

1  請求の原因第1項(原告の特許権)、第2項(トラニラスト)及び第3項(被告らによるトラニラストの製造販売)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、次に、抗弁について判断する。

(一)  証拠(甲四、八、一四)によると、原告において、高速液体クロマトグラフィー試験を実施したところ、製品〈1〉からは副生成物として2-(3、4-ジメトキシスチリル)-4-キナゾロンが検出されたが、製品〈2〉からは右物質が検出されないなど、製品〈1〉と製品〈2〉とでは、検出された副生成物の種類が異なること、製品〈2〉からは本件特許方法により製造されたトラニラストと同じ種類の副生成物が検出されたこと、TRSアミドを使用してトラニラストを製造する被告主張方法による場合には、2-(3、4-ジメトキシスチリル)-4-キナゾロンの生成は避けられないこと、以上の事実が認められる。

(二)  被告らは、右の点に関し、製品〈1〉と製品〈2〉に使用されたトラニラストはいずれも被告主張方法によって製造されたものであるが、製品〈2〉に使用された第一回仕込分のトラニラストについては、原料である3、4-ジメトキシケイヒ酸の反応性誘導体として、酸クロライド体、エステル体、酸無水物体などを使用したり、アントラニル酸アミドとして、アントラニル酸をアントラニル酸クロライドとし、アミド化したものや、アントラニル酸をイサト酸モノエステルに誘導し、無水イサト酸としたものを使用したりしたことや、製品〈1〉に使用されたトラニラストとは異なる精製方法を用いたために、製品〈1〉と製品〈2〉から検出された副生成物が相違したり、製品〈2〉からは2-(3、4ージメトキシスチリル)-4-ギナゾロンが検出されなかったものと考えられる旨主張する。

しかしながら、被告らの主張するように、原料や精製方法の差異により、副生成物の種類に差異が生じ得るとしても、本件においては、右(一)において認定しだ差異が、被告らの主張する原料又は精製方法の差異により生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。

他方、証拠(甲五ないし七、乙三ないし三一、三三ないし三五、杉浦証人)と弁論の全趣旨によると、被告マルコ製薬におけるトラニラストの生産方法については、平成二年六月の第二回仕込分から、被告主張方法が確立したことが認められる。

そうすると、被告らにおいて、製品〈2〉に使用された第一回仕込分のトラニラストの原料や、第一回仕込分のトラニラストの精製方法について正確に特定した上、前示差異がその結果生じたものであることを立証しない本件においては、製品〈2〉をもって、被告主張方法により製造されたものと認めることはできない。

(三)  したがって、製品〈2〉に使用された第一回仕込分のトラニラストの製造方法については、特許法一〇四条による推定は、覆らないことになり、右トラニラストは、本件特許方法により製造されたことになる。

3  共同不法行為の成否

請求の原因第4項(共同不法行為)の事実のうち、(一)の事実は、当事者間に争いがなく、(二)の事実は、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

したがって、被告らの行為は、共同不法行為となる。

二  そこで、次に、請求の原因第5項(損害額)について判断する。

1  同項(一)(売上高)について

(一)  同項(一)(1)(販売単価)について

(1) 原告は、本件トピアス製剤の販売単価は薬価基準の五〇パーセントを下回ることはないと主張する。

そこで、まず、前提事実を検討するに、証拠(甲一〇の一ないし三)と弁論の全趣旨によると、トラニラスト製剤であるトピアス製剤は、同じくトラニラスト製剤である原告のリザベン製剤のいわゆる後発品であり、カプセルについては同様の後発品メーカーが被告マルコ製薬を含め二七社あったことが認められ、また、証拠(甲一六、一七、二二、二三、乙四一の一、乙四三)と弁論の全趣旨によると、本件トピアス製剤の流通形態は、次のようなものであったことが認められる。

〈1〉 被告マルコは、卸売業者に対し、薬価基準に近い仮仕切価格で販売し、納品する。

〈2〉 被告マルコの営業担当者(MR)が、医療機関との交渉によって、仮仕切価格よりも低い価格で、卸売業者から医療機関に対する納入価格を決定する。

〈3〉 被告マルコが、卸売業者に対し、納入価格を通知し、卸売業者は、医療機関に対し、納入価格で納品する。

〈4〉 卸売業者は、被告マルコに対し、仮仕切価格と納入価格との差額及び自己のマージン(納入価格の一〇ないし一四パーセント)を請求する(補償申請)。そして、納入価格からこれらの分を控除した金額が、正味仕切価格となる。

〈5〉 被告マルコが、卸売業者に対し、全製品につき、回収値引、協賛値引等の名目で、正味仕切価格の九パーセント程度の最終値・歩引きを行う。

(2) 次に、右に認定した事実を前提として、原告の主張する根拠につき検討する。

〈1〉 証拠(甲一一)と弁論の全趣旨によると、被告を含む二〇社を超える後発品メーカーが、平成二年六月二九日、同年七月一三日に薬価基準に収載される予定のトラニラスト製剤の販売価格の下限を薬価基準の五割引き程度に抑える旨のヤミカルテルを結んでいた可能性が強いとして、公正取引委員会から同年一二月二六日に警告を受けたことが認められる。しかしながら、右の事実は、ヤミカルテルを結ばなければ、販売価格が薬価基準から五割以上値引きされることが予想される状況であったことを示すものである。

さらに、甲一一(日本経済新聞)には、右ヤミカルテルにもかかわらず、各社がシェア争いに走ったことから、申し合わせは長続きせず、二週間ほどで破棄された旨記載されている。

そうすると、右のヤミカルテルについては、本件トピアス製剤の卸売業者に対する販売単価(正味仕切価格)が薬価基準の五〇パーセントを下回らないことの根拠とすることはできない。

〈2〉 次に、平成四年四月の薬価基準の改定の際には「新薬価基準=実勢価格+旧薬価基準の一五パーセント」という算定方式が採られたこと及び新旧薬価基準は、当事者間に争いはない。

そして、右算式に基づいて本件トピアス製剤の右「実勢価格」を逆算すると、カプセルが七一円、細粒が六九円、ドライシロップが八〇円となる。

また、右「実勢価格」に卸売業者における売上原価率として、〇・八六を乗じると、カプセルが六一・〇円、細粒が五九・三円、ドライシロップが六八・八円となる。

さらに、当時の薬価基準は、カプセルが一〇九・三円、細粒及びドライシロップが一二一・四円であるから、仮に右「実勢価格」が正確であるとすれば、被告の販売単価(正味仕切価格)の薬価基準に対する割合は、カプセルが五五・八パーセント、細粒が四八・八パーセント、ドライシロップが五六・六パーセントとなり、全体としては五〇パーセントを下回らないといえる。

しかしながら、証拠(甲一六)によると、右「実勢価格」は、厚生省が平成三年六月取引分を対象として同年七月から八月にかけて本調査を行うなどして決定したものと認められるが、前示の流通経路と薬価基準の制度とを前提とすると、医薬品製造業者並びに調査に協力した卸売業者及び医療機関のいずれにとっても、実勢価格を高く報告した方が利益があるという状況であるから、右の調査における報告がどの程度誠実に行われたか疑問があるのみならず、調査を予定して価格操作や帳簿操作を行うなどの不正を排除し得る制度となっていたかどうかについても疑問がある。しかも、厚生省は、実勢価格の調査結果及びそれに基づく右「実勢価格」の決定理由を明らかにしていない(弁論の全趣旨による。)。

したがって、前示のように二〇社を超える後発品メーカーが競合していたことを併せ考えると、新薬価基準から算出した右「実勢価格」が真実の取引価格を正確に反映していると認めることはできず、右「実勢価格」を根拠として、被告マルコが、本件トピアス製剤を薬価基準の五〇パーセントを下回らない価格で販売していたと認めることはできない。

〈3〉 スズケンの拡売計画に対する被告マルコの協賛稟議書(甲一九の一ないし三)記載の被告マルコのスズケンに対する薬価基準換算の売上総額及び正味仕切価格総額に基づいて薬価基準に対する正味仕切価格の割合を算出すると、平成二年四月から九月までの間の販売実績及び同年一〇月から一二月までの間の拡売計画においては五一・五パーセント、同年一〇月から一二月までの間の拡売実績においては五二・六パーセントであり、いずれも五〇パーセントを超えている(この点については、被告は、明らかに争わないので、自白したものとみなす。)。

しかしながら、右証拠と弁論の全趣旨によると、右数値は、被告マルコがスズケンに対して販売した医薬品全体について見た数値であることが認められるから、右事実をもって本件トピアス製剤の卸売業者に対する販売単価が、薬価基準の五〇パーセントを下回ることがないということはできない。

〈4〉 次に、原告が、平成三年二月二二日、船橋薬品から、トピアス製剤を購入した際、その価格は、薬価単位当たり、カプセルが七六・二円、細粒及びドライシロップが八五・八円であり、原告が、同年三月五日、スズケンから、トピアス製剤を購入した際、その価格は、薬価単位当たりカプセルが七四・七円であった(いずれも、被告において、明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。)。

しかし、前示の流通経路によると、トピアス製剤の価格の低下は、被告マルコの営業担当者が関与して医療機関との間で納入価格を決定することに大きな原因があったものと認められるから、医療機関以外の者が直接卸売業者から購入した場合に、同様な価格になるとはいえない。

したがって、右の購入価格をもって、被告マルコの卸売業者に対する販売単価(正味仕切価格)が薬価基準の五〇パーセントを下回っていなかったことの根拠とすることはできない。

(3) 右(2)〈1〉ないし〈4〉において判示したところによると、本件トピアス製剤の販売単価(正味仕切価格)については、薬価基準の五〇パーセントを下回っていなかったと認めるに足りる証拠はないことになる。

他方、被告らの主張する販売単価も、十分な根拠があるとはいえない(乙四二の一ないし一一は、本訴提起後に作成されたものであり、作成者本人による作成に関する証言がないので、本件事案に鑑みると、その成立をたやすく認めることはできない。また、被告らは、限度価については、それを認定するに足りる資料を証拠として提出しないので(証拠(乙四三)と弁論の全趣旨によると、被告マルコは、限度価を定めて、それを記載した価格表を営業担当者に所持させていたことが認められるので、被告らとしては、そのような価格表によっても、限度価を立証できるはずである。)、被告ら主張の限度価及びそれに基づき算定した販売単価も正確な限度価、販売単価と認めることはできない。)。

しかし、本件においては、被告ら主張額以上の販売単価を具体的に認定できる証拠もないので、販売単価は、被告らの自認している限度で認めるほかない(なお、被告らの自認している単価は、前示の最終値・歩引きを考慮しているが(乙四三)、単価の決定に際しては、最終値・歩引きを考慮すべきではないとしても、最終値・歩引きは、販売促進のために不可欠なものであったといえるから、販売単価から控除しない場合には、経費として計上した上、利益から控除すべきものである。したがって、被告らの得た利益が問題となっている本件においては、計算の便宜上、被告ら主張のとおり、販売単価から控除する方法により利益の算定をすることにする。)。

(二)  同項(一)(2)(販売数量)の事実は、当事者間に争いがない。

(三)  同項(一)(3)について

本件トピアス製剤の売上高は、右(一)認定の販売単価(包装単位)に、右(二)の販売数量(包装単位)を乗じたものの合計額である五八九万八八六〇円となる。

2  証拠(甲一二、二四)によると、同項(二)(製造経費)(1)、(2)の事実を認めることができる。そうすると、本件トピアス製剤の製造経費は、薬価単位当たり一〇円を上回ることはないというべきであり、本件トピアス製剤の製造経費は、二二七万八八〇〇円となる。

なお、被告らは、製造経費は、二二八万四六五五円であると主張し、これに沿う証拠(乙四一の二、乙四四)もある。しかしながら、製造経費算定の基礎数字は、工場から送付されてくる製剤見積もり製造原価一覧表に基づくものであるところ(乙四四)、被告らは、その原資料を証拠として提出しないので、右の製造経費の正確性を確認できない。

他方、甲二四は、被告マルコ製薬提出の資料に基づき、その資料記載の製造方法を前提として製造原価を推計したものであり、その推計過程は合理的であるから(右推計では、その他の経費として一キログラム当たり一〇〇〇円を加算しているので、法定福利費や厚生福利費等を無視しているとはいえないし、工場間接費に当たる費用が全く考慮されていないともいえない。)、製造経費は、これにより認定するのが相当である。

3  同項(三)(販売費・一般管理費)について

弁論の全趣旨によると、被告が主張する研究開発費は、本件トピアス製剤を販売した期間における研究開発費であって、本件トピアス製剤の研究開発に要した具体的費用ではないことが認められるから、被告が受けた利益の算定に当たり、これを控除することはできない。

そして、右研究開発費を含まない本件トピアス製剤の販売費・一般管理費が一六五万八四七八円を上回るものでないことについては、被告らの自認するところであるから、右金額をもって販売費・一般管理費と認定するのが相当である。

4  同項(四)(損害額)について

(一)  以上のとおり、本件トピアス製剤の製造販売により被告らが受けた利益は、右1(三)の五八九万八八六〇円から右2の二二七万八八〇〇円及び右3の一六五万八四七八円を控除した一九六万一五八二円となる。

(二)  そして、原告が、昭和五七年八月以降、本件特許方法によるリザベン製剤を製造販売していることは当事者間に争いがないので、右一3において判示した事実関係の下では、特許法一〇二条一項により、右金額をもって、原告の被った損害額と推定すべきことになる。

三  以上判示したところによると、原告の請求は、被告らに対し、共同不法行為による損害賠償として、連帯して一九六万一五八二円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成三年一月一日から支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の部分については理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官 岩松浩之)

(別紙) 化学式目録

(一)

〈省略〉

(式中のR1とR2はそれぞれ水素原子又は低級アルキル基であり、R3とR4はそれぞれ水素原子であるか、あるいは両者で化学結合を形成するものであり、Xは低級アルコキシ基であり、nは2又は3である。)

(二)

〈省略〉

(三)

〈省略〉

(式中のR1とR2はそれぞれ水素原子又は低級アルキル基であり、R3とR4はそれぞれ水素原子であるか、あるいは両者で化学結合を形成するものであり、Xは低級アルコキシ基であり、nは2又は3である。)

(四)

〈省略〉

(五)

〈省略〉

(六)

〈省略〉

(七)

〈省略〉

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